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≪ヒビドリ≫2016.11

11.13 太田市にお昼頃行くとかなりの頻度で立ち寄るインドカレー店ダージリン。おかわり自由の巨大なナンは最低でも2回はおかわりします。

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11.12 スコッチグレインの2足を修理に出しました。

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5足ある仕事靴を毎日天気と相談しながら回しながら履いています。こまめに手入れをしてきたので表面はそこそこきれいです。
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右のスリッポンは座敷に上がることが多い晴れた日。左の内羽根式は冠婚葬祭と雨の日用。どちらも買ってから時間が経った古参の2足。で、底がだいぶ減っています。

 

11.9 長崎県長崎市の端島(ハシマ)。通称“軍艦島”を訪れました。

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端島は2015年に世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」を構成遺産の一つ。明治後期から本格的に開発された海底炭鉱で、1960年には炭鉱で従業員とその家族ら5267人が住み、人口密度が83600人/km²と世界一となっていたそうです。1974年に炭鉱は閉山となり、現在は無人島となっています。

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端島へは地元の方が操業する遊漁船のようなスリル満点の船で向かいました。ツアーガイドさんは端島の炭坑で実際に働いていた方でした。

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好きな場所を見学できるわけではなく観光用の回廊を歩きます。
写真中央のコンクリートの塊は波によって破壊された堤防の残骸です。撮影場所のすぐ後ろから10数mほど吹き飛ばされたとのことです。高波が島を覆ってしまうようなこともあるそうです。

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いたるところで建物の崩壊は進んでいるようです。コンクリートが崩れて土が露わになった個所では植物が繁茂していました。

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戦後、島内で働く人々の給与水準は高かったそうです。保育園から中学校、派出所、病院、パチンコやスナックまで様々な施設がありました。建物と建物は屋根つきの回廊で結ばれていて悪天候時も不自由なく行き来できたそうです。

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端島を後に

生活水準の高さは端島の時に牙をむく自然環境と炭鉱での危険作業の裏返しだったのでしょうか。戦中、中国人、朝鮮人が強制労働を強いられていた歴史もあるそうです。

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11.5 夕焼け空。色合いにぞっとすることがよくあります。

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11.1 ちくわぶが好きなので多めに入れます。大根は味が浸みにくいので薄く切りました。冬の風物詩。

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写真/文=アライサトシ

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